石炭、炭鉱の最盛期

近代化のエネルギー=石炭

1882年に道内初の鉄道「幌内鉄道」が全線通過し、幌内炭鉱から小樽港までの輸送が鉄道メインになり産業化を大きく前進させた。

1889年には炭鉱と鉄道が国から民間へ払い下げられた。

翌年には「石狩炭田」の開発が本格化し「夕張炭鉱」「空知炭鉱」が開山。

技術、輸送、経営の整備が進み、「エネルギー=石炭」や企業の参入、炭鉱町が成立し、1910年には、北海道=エネルギー供給基地と認識が強まった。

明治政府がすすめた殖産興業により、重工業が発達し石炭の需要がさらに高まった。

1914年〜1918年には、第一次世界大戦による戦争特需が発生。炭鉱は最盛期になり大企業の参入し、それに伴い本州からの労働者の流入が加速した

第一次世界大戦が終結すると、戦後恐慌により不況へ。1920年代前半には回復へ進むが、不安定な状況であった。

1920年代後半には世界恐慌の影響で再び悪化。

1930年頃から世界恐慌からの回復を図るため、政策により重工業が再び再拡大。これにより石炭の需要は再び増加した

1937年に起こった日中戦争以降、軍需の拡大により国が石炭の増産体制を強化した。その2年後に第二次世界大戦が開戦し石炭の需要は過去最大級となる。

ざっくりまとめ

1882年 幌内鉄道が全線開通。

1889年 炭鉱と鉄道が民間へ払い下げられる。

1890年 石狩炭田の開発が本格化。

1910年 北海道=エネルギー供給基地

1914年 第一次世界大戦 開戦。

1918年 第一次世界大戦 終戦。

1920年代前半 戦後の反動で石炭価格急落。

1930年 政策により石炭需要が回復

1937年 日中戦争 開戦。軍需の拡大

1939年 第二次世界大戦 開戦。

1940年 石炭需要が過去最大級に