炭鉱の衰退
エネルギー革命、炭鉱の終わり
1945年に第二次世界大戦が終結し、日本は大きな被害を受けた。
石炭生産も一時的に低下したが、復興政策として『傾斜生産方式』が採られ、石炭と鉄鋼の増産が進められる。
戦後はGHQの占領政策のもと企業の再編が進み、生産効率の低い炭鉱は次第に整理されていった。
1950年代後半になると、石油の輸入拡大と低価格化によりエネルギー革命が進行し、エネルギーの中心は石炭から石油へと移行した。これにより炭鉱は急速に衰退し、小規模炭鉱の閉山が相次いだ。
1960年代以降は合理化がさらに進み、生産は大規模炭鉱へ集約される一方で、炭鉱の閉山に伴う地域の衰退や労働問題が顕在化した。
1970年代には石炭の役割は大きく低下し、北海道はエネルギー供給基地としての地位を次第に失っていった。
1989年には幌内炭鉱が閉山し、北海道の近代炭鉱の象徴が姿を消した。その後も閉山は続き、1990年代には主要炭鉱がほぼ消滅した。
ざっくりまとめ
1945年 第二次世界大戦 終戦。復興政策として増産体制が取られる。
1949年 GHQにより企業合理化が促進。乱立していた炭鉱が整理、縮小される
1950年〜 中東、アフリカで油田の発見が相次ぐ
1960年〜 エネルギー革命
1970年〜 北海道の資源調達先としての存在意義が失われていく。
1989年 幌内炭鉱 閉山
1995年 空知炭鉱 閉山