白糠炭田は(石炭岬)は、江戸時代末期に北海道がまだ蝦夷と呼ばれていた時代に採炭が行われた最初期の採炭地の一つです。 採炭が開始された背景には函館開港後、寄港する外国船への燃料供給が必要となったことが挙げられます。 幕府(箱館奉行所)が採炭を進め、地元の人々(アイヌを含む)も採掘に従事しました。
明治2年(1869年)、蝦夷地は「北海道」と改称され、同年に開拓使が設置されて開拓事業が本格化しました。 開拓使は鉱山開発を重視し、地質学者ベンジャミン・スミス・ライマンらが1870年代に地質調査を実施して、石狩炭田(空知炭田・夕張炭田)の存在と有望性を示しました。 その後、明治12年(1879年)に官営幌内炭鉱(現・三笠市)が開鉱し、北海道の近代的な採炭が本格化していきます。